星組『ベルリン、わが愛』2 0 1 7年10月15日掲載
映画制作へ情熱を燃やす青年を
紅ゆずるがまっすぐに演じる
- クラシックで正統派二枚目の紅
- 礼の透き通った歌声が耳をくすぐる
- 懐深いイケメンプロデューサー七海
- 胸キュン必至のメイクシーン
- 懐かしの名曲も楽しめる王道レビュー
星組公演、ミュージカル『ベルリン、わが愛』、タカラヅカレビュー90周年
『Bouquet de TAKARAZUKA(ブーケ ド タカラヅカ)』が、9月29日、宝塚大
劇場で初日を迎えました。1920年代のドイツ・ベルリン。ナチスが台頭する激
動の時代、ひたむきに映画作りに情熱を燃やした青年を、星組トップスター紅ゆ
ずるさんが演じます。これがトップ就任2作目で、初の芝居とショーのオリジナ
ル作品2本立てとなりました。
コメディセンスの高さで評判の紅さんですが、今回は正統派二枚目に真っ向か
ら挑みます。ともにシンプルな作品だからこそ、紅さん本来の甘い魅力がたっぷ
りと味わえることでしょう。芝居ではひたむきに映画を愛する青年をまっすぐに
演じ、ショーでは宝塚レビュー90周年を記念して、伝統あるレビューで歌い踊
り、相手役の綺咲愛里さんとともに、芸術の秋を華やかに彩っています。
クラシックで正統派二枚目の紅
幕が上がると、いきなりビックリ! なんと舞台の上にドーンと映画館の客席
が登場し、ほとんどの出演者が紳士淑女のお客様として着席しているという斬新
な演出です。こちらの客席側にスクリーンがある設定で、笑ったり、驚いたり、
顔をしかめたりと、それぞれの豊かな表情に、どんな映画なんだろうと想像力が
かき立てられました。そういえばタカラジェンヌたちも、舞台からいつもこんな
客席を見ているんですね。
――1927年。ベルリンでは、ドイツ随一の映画会社Universum Film AG(=
U FA)が社運を賭け、制作費1300万マルクを投じた映画『メトロポリス』のワー
ルドプレミアが行われていた。だが評判は最悪で、UFAは倒産の危機に瀕してし
まう。重役たちに責められ困惑する社長クリッチュ(美稀千種)を横目に、プロ
デューサーのカウフマン(七海ひろき)は「10分の1の予算で大衆が喜ぶ娯楽映
画を作ってみせる」と宣言。それを聞いていた助監督のテオ(紅)は「トーキー
を作らせてほしい。必ずヒットさせる」とカウフマンにかけあう。テオはさっそ
く、親友で絵本作家のエーリッヒ(礼真琴)に脚本を依頼、ついに夢の実現へ向
かって走り出す。
ベルリンではまだ無声映画の時代、声の入ったトーキーを作りたいと願ってい
たテオにとって、絶好のチャンスが巡ってきました。幼い頃に両親を亡くしたテ
オにとって、映画は生きる希望であり夢そのものだったのです。
演じる紅さんは等身バランスの良さで、ハンチング帽に蝶ネクタイの“映画
屋さんスタイル”もカッコよく着こなしています。ひたすらに映画を愛する青年
をストレートに演じることで、テオの純真さと熱さがジンジンと伝わってきまし
た。歌唱力も公演ごとに成長し、どこまでも伸びる歌声が気持ちいいほど。正統
派二枚目役も不足はありません。
礼の透き通った歌声が耳をくすぐる
礼さん演じるエーリッヒは、『ふたりのロッテ』で有名な実在の絵本作家がモ
デルになっています。パーマをかけた髪も新鮮で、さわやかな文学青年といった
風情。このところ男くささが増す礼さんは、『スカレーット・ピンパーネル』や
『阿弖流為』などで強くて濃い役がハマっていましたが、今回は等身大の演技
が礼さん自身の快活さにも合っています。魅惑の低音ボイスに加え、恋人への
愛を歌うソロでは、透き通った甘い声が優しく耳をくすぐります。紅さんと親友
役の並びもごく自然で、黒い役も白い役も、振り幅大きく演じられることを改め
て証明していました。
エーリッヒの恋人ルイーゼロッテは有沙瞳さんが演じ、先日のドラマシティ公
演『阿弖流為』に続いて、礼さんの相手役をつとめます。カフェで働きながら
エーリッヒの仕事を応援していますが、素直で無邪気な様子がとても可愛らしい
く、長くつきあっているあたたかな空気感で、礼さんと息の合った演技を見せて
いました。
懐深いイケメンプロデューサー七海
七海さんが演じるカウフマンは、テオを信じて仕事を任せてくれる懐深い人
物。社運を賭けた映画が失敗し、一度は苦悩するものの、テオを信じて一緒に夢
を実現させようという前向きで熱いナイスガイです。口ひげをはやし、スーツ姿
も完璧で、七海さんのイケメン指数は、一体どこまで高まるのでしょうか。
――テオはパリで人気のレビュー・スター、ジョセフィン・ベイカー(夏樹れ
い)に主演を断られたが、売り込みに来たレビュー・ガールのレーニ(音波みの
り)の背後にいたジル(綺咲)に目を付ける。完成したベルリン初のトーキー映
画は大成功。ひときわジルの魅力に観客は魅了され、ナチス宣伝全国指導者の
ゲッベルス(凪七瑠海)さえも心を奪われていた。それでもUFAの巨額な負債は
補いきれず、クリッチュはUFAをナチスの息がかかったフーゲンベルク(壱城あ
ずさ)に売却してしまう――。
甘い歌声で数々の名場面を彩ってきた夏樹さんは、この公演で退団となりまし
た。最後が女役となりましたが、存在感のあるレビューシーンと、テオとのやり
とりは、もっともインパクトある場面といえるでしょう。肌が黒いことで迷惑を
かけてしまうと、テオのオファーを断りはしましたが、黒人歌手としてのプライ
ドを高く持ち、舞台に人生を賭けるレビュー・スターを、華やかに力強く演じて
います。物語の後半には、男役に戻って車掌さんをつとめていますので、こちら
もお見逃しなく。
胸キュン必至のメイクシーン
相手役の綺咲さん演じるジルは、その他大勢のレビュー・ガールから銀幕のス
ターへと上り詰めるシンデレラガールです。テオに見染められ、徐々に花開いて
いく様子が初々しく、大きなスクリーンに映し出される花売り娘の愛らしさも絶
品で、みんなが絶賛するのも納得です。そして、テオにメイク指導されるシーン
は、この物語で最高の胸キュンシーン間違いなしでしょう。紅さんに顔を寄せら
れる綺咲さんの気持ちに同化して、一緒にドキドキしてしまいそう。紅さんが最
後にアドバイスする“目の白い部分に光を当てる”というのは、宝塚トップス
ターの定番技術でもあるようですね。
本当のヒロインは自分だったはずなのにジルばかりが注目され、怒り心頭な
レーニ役で、音波さんが弾けています。美貌の娘役さんですが、極端なメイク
で、振り切った三枚目寄りの演技が新鮮でした。レビュー・ガールの中には、こ
の公演から娘役に転向した音咲いつきさんもいて、元男役だったとは思えない可
愛らしさをふりまいています。ジルと一緒にトーキーの主演をつとめる若手俳優
ロルフ役の瀬央ゆりあさんも、さわやかな演技が光ります。スクリーンに映し出
される王子様姿に、優しくて好青年な瀬央さん自身が重なり、綺咲さんの可愛さ
も相まって、ほんのわずかな映画のワンシーンなのに、謎の感動を呼びました。
特別出演となる専科の凪七さんは、今回の敵役となるゲッベルス役です。黒ず
くめのスーツがスレンダーなスタイルに映え、冷酷な雰囲気がナチスらしくて、
専科らしい重厚な役割をつとめています。実業家フーゲンベルクには壱城あずさ
さん。こちらもインテリ風味漂う悪役がよく似合います。熱い星組を象徴するよ
うな存在だった壱城さんもこの公演で退団となりました。
ようやく夢の一歩を踏み出したテオ。しかしUFAがナチス側に買収されたこと
で、表現の自由は閉ざされてしまいます。さらに、ゲッベルスが狙うのは、映画
の魂だけではありませんでした。テオが大切にしている、もう一つのかけがえの
ないものさえ奪おうとし……。
ドラマチックな展開はありませんが、わかりやすいストーリーで、素直に物語
へ入り込めます。紅さんの持つ優しさと舞台への情熱が、テオ自身に重なり、心
温まる作品となりました。
懐かしの名曲も楽しめる王道レビュー
2 幕は、宝塚レビュー90周年『Bouquet de TAKARAZUKA(ブーケド タカラヅカ)』
です。夢を運ぶ宝塚には欠かせないレビューも、昭和2年に初めて上演された『モン・パリ』
から9 0年という歴史を刻みました。記念すべき年を飾る今回の作品は、まさにブー
ケの花束のような、明るく華やかなレビューです。
オープニングはブランコに乗った紅さんが登場。口ずさみやすい主題歌に乗せて、
色とりどりの花が咲き誇るような幕開けとなりました。旅人となった礼さんが蝶たちに
誘われ、森で少女と出会う幻想的な場面では、芝居に続き透明感のある歌声に魅了されます。
パリの街角で繰り広げられる楽しい出来事は、レビューらしい華やかさがいっ
ぱい。トリコロールの色合いをバックに、「楽しわがパリ」「オーシャンゼリ
ゼ」「ブギウギ」など、おなじみのナンバーが次々と登場。紅さんを中心にした
「夜霧のモンマルトル」ではしっとり聞かせ、中詰めは名曲「セ・マニフィー
ク」で盛り上げるなど懐かしの名曲も目白押しで、古くからのファンにも嬉しく
なる展開です。
もちろん、星組らしい熱く激しい場面も欠かせません。スパニッシュでは、紅
さんと礼さんが綺咲さんをめぐって熱いダンスで対決。勝負に勝ちはしたもの
の、紅さんが孤独になって歌うドラマチックな展開が見どころです。フィナーレ
は、凪七さん、七海さん、礼さんら3組のペアとともにゴージャスなデュエット
ダンスで締めました。
王道なレビューショーは優しい雰囲気で、ザ・タカラヅカを味わえましたが、
黒燕尾と男役群舞がなかったのは少し心残りだったかもしれません。
ふだんは突き抜けたアドリブで客席をわかせるのが得意な紅さんですが、今回
はそれを封印し、徹底した正統派二枚目で勝負です。お笑いだけではない、紅さ
ん本来の魅力を見せてもらった公演でした。
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