花組『うたかたの恋』
『ENCHANTEMENT -華麗なる⾹⽔-』
2023年01⽉07⽇掲載
宝塚歌劇が誇る王道のラブロマンス、
柚⾹光が悲劇の皇太⼦で究極の耽美へいざなう
花組公演ミュージカル・ロマン『うたかたの恋』『ENCHANTEMENT(アン
シャントマン) -華麗なる⾹⽔(パルファン)-』が、1⽉1⽇、宝塚⼤劇場で
初⽇を迎えました。
19世紀のオーストリアを舞台に描く皇太⼦ルドルフと男爵令嬢マリーの悲恋
『うたかたの恋』は、1983年の初演から幾度も再演を重ね、今では宝塚歌劇が
誇る代表作となっています。初演から40周年の節⽬となる今回は、30年ぶりと
なる宝塚⼤劇場の舞台で、現代に沿った新しい演出も加えられての再演となりま
した。
悲劇の皇太⼦ルドルフを演じるのは、もちろん花組トップスターの柚⾹光さ
ん。真っ⽩な軍服が端正な容姿に映え、苦悩に満ちた表情が耽美な世界を描き出
します。マリー役の星⾵まどかさんとともに、麗しいトップコンビにふさわし
い、儚くも美しい究極のラブロマンスで、宝塚歌劇2023年の幕開けを華やかに
飾りました。
悲劇のプリンス柚⾹の美
『うたかたの恋』といえば、まず思い出すのがオープニングの場⾯でしょう。
真っ⾚な⼤階段で対⾓線上にたたずむルドルフとマリー、それだけで宝塚ファン
にはもうたまりません。ドラマチックなイントロに乗せたルドルフとマリーのセ
リフは、まさにこの作品を象徴する証。美しいメロディーにつづられた幕開けの
感動は、いつの時代にあっても不変でした。
――1889年1⽉26⽇、ウィーンのドイツ⼤使館。皇帝⼀家臨席の舞踏会
で、幸せそうに踊る皇太⼦ルドルフ(柚⾹)と男爵令嬢マリー・ヴェッ
ツェラ(星⾵)。だが2⼈の胸にはある決意が秘められていた。
遡ること9カ⽉前。次期君主として嘱望されるルドルフは、公務やしきた
りに縛られながら、妻ステファニー(春妃うらら)との仲も冷えきり、息
苦しい⽇々を送っていた。⼀⽅、従兄弟のジャン(⽔美舞⽃)は、ハプス
ブルク家の⼀員でありながら、恋⼈ミリー(星空美咲)と⼈⽣を謳歌して
いる。そんなある⽇、ルドルフはブルク劇場での祝典で、マリーと出会
う。⾃分もジャンのように⽣きられたら……そう思わずにいられないほど、
ルドルフは彼⼥に強く惹かれたのだった――
ウィンナ・ワルツが流れるプロローグは、優雅そのもの。美しい娘役たちと少
⼥漫画から抜け出したような王⼦たちが踊るバレエは、さっそく夢⼼地へといざ
なってくれます。
そんな世界観のまま、ウィーンの舞踏会へ現れる柚⾹ルドルフは、とにかく美
しい。憂いを秘めたまなざしと輝くオーラ、⼀部の隙も無いスマートな⾝のこな
しに、他では得られない宝塚男役の魅⼒を改めて実感します。
次代のヨーロッパを担う後継者ルドルフに、⼼休まる⽇はありません。⽗親と
の確執、⺟親との関係、幼少期からの教育……。柚⾹さん演じるルドルフは、⽬
に⾒えぬ重圧と、⾒ているだけで苦しくなるような孤独に覆われています。机の
上に置かれた、恐ろしいはずの髑髏と拳銃も、退廃的で耽美な世界にまとわれた
王⼦にはふさわしく⾒えるから不思議。なによりマリーに会えず、酒場で軍服を
乱してやさぐれる⾊気は絶品で、ルドルフが追い詰められていく過程に説得⼒が
増すばかりでした。
2014年花組公演『エリザベート』でもルドルフ役を演じていた柚⾹さん。当
時も素敵でしたが、年⽉を重ねた深みでより⼀層魅⼒を増していることにも、ま
た違った感慨深さが味わえそうです。
⻘い⼩さな花を体現する星⾵
まだ若くて無垢なマリーは、ルドルフにも想いをまっすぐに伝える夢⾒る少
⼥。星⾵さんはトップ娘役として5年⽬を迎えますが、愛らしい容姿と瑞々しい
演技で、まさにマリー役者といえそう。いじらしさと初々しさは“⻘い⼩さな
花”と呼ばれるにふさわしい儚さですが、荒ぶれたルドルフを慰める際には優し
さの中に⺟性さえ感じさせたのは、星⾵さんならではでしょうか。美しい歌声で
柚⾹さんをあたたかく包み込み、息の合ったトップコンビとしてますます充実し
てきました。
花組のラストを飾る⽔美
――ブラットフィッシュ(聖乃あすか)らの協⼒を得て、ルドルフはマ
リーをひそかに王宮に招き、彼⼥をいつかマイヤーリンクにつれていくこ
とを約束する。やがて2⼈は逢瀬を重ね、許されざる恋に⾝を投じていく⼀
⽅で、ルドルフが⾯会していた新聞記者ゼップス(和海しょう)の逮捕、
ジャンの⾃由主義運動、フェルディナンド⼤公(永久輝せあ)を皇帝の座
につけたいフリードリヒ公爵(⽻⽴光来)の⽬論⾒など、ルドルフの周辺
には政治的な思惑がうごめき始めていた。そんなある⽇、ヴェッツェラ邸
にマリーが男性と逢瀬を重ねているとの密告の⼿紙が届き、マリーは伯⽗
のところへ幽閉されてしまう――
ジャンはルドルフと同じハプスブルク家の⼈間でありながら、平⺠の恋⼈を持
ち、⼈⽣を謳歌しています。重いものを背負って孤独に⽣きるルドルフとは対照
的で、うらやまれるのも無理はありません。⽔美さんは、そんな明るくて⽣命⼒
のあるジャンがよく似合っていました。⾃由主義運動の同志達とともに⾰命をも
辞さないジャンは、武⼒には絶対反対のルドルフとは考えを異にしますが、いつ
もルドルフの気持ちには寄り添い、優しさにあふれています。舞踏会で嫉妬に狂
うステファニーをダンスでリードし、マリーを守る場⾯は、緊迫感ある中での男
前な⾏動で、⾒ごたえ抜群です。また、ジャンはこの物語のストーリーテラーと
して、舞台と客席の懸け橋にもなっていました。
葛藤する永久輝
永久輝さん演じるフェルディナンド⼤公もまた、ルドルフの従兄弟です。彼も
またボヘミア⼈の恋⼈ソフィー(美⽻愛)と⾃由に⽣きていました。恋⼈を深く
愛し、ルドルフにも⼼を寄せていますが、⾃らもまた政治的思惑に縛られること
で、葛藤する場⾯が少なくありません。永久輝さんはそんな優しさと苦しさの狭
間を繊細に演じています。特に、ルドルフを最後に追い詰める役を担いながら、
勇気を奮い起こし、ルドルフと対峙する場⾯は強く印象に残りました。
ほかにも脇をがっちり固める役者さんたちがいます。ますます渋みを増してき
た⽻⽴さんは、フリードリヒ公爵で狡猾に政治を操り、ステファニー役の春妃さ
んは、嫉妬に苦悶する妻の哀しさを気⾼く演じています。ミリー役の星空さん、
ソフィー役の美⽻さんの弾ける若さと愛らしさも⾒逃せません。
また、先⽇のバウホール公演『殉情』での好演も記憶に新しい峰果とわさんは
皇帝フランツ、皇后エリザベートにはこの公演で退団する華雅りりかさん、ゼッ
プスには和海しょうさんがつとめています。このあたりは『エリザベート』を愛
する宝塚ファンなら、思わず重ねてしまう⾯⽩さもあるのではないでしょうか。
――1カ⽉の会えない時を経て、もはや互いの存在なしには⽣きていけない
ことを確信したルドルフとマリー。しかし、決して結ばれることのない
恋。それを悟った2⼈が選んだ道とは……
演出の⼩柳奈穂⼦先⽣は、これまでの作品全体の流れは変えず、巧みに微調整
を加えています。気恥ずかしくなってしまう場⾯やセリフがこの作品の名物でも
あったのですが、今回はその部分がさらりと変換され、より⾃然に感情移⼊でき
るようになりました。
柚⾹さんと星⾵さんの令和版『うたかたの恋』。客席をうっとりと酔わせる味
わいは、むしろ時代を超え、なお深くなったと⾔えるかもしれません。なにより
宝塚らしさの満⾜感を得られること間違いなしでしょう。
楽しく客席も⼀緒にダンシング
2 幕は、タカラヅカ・スペクタキュラー『ENCHANTEMENT -華麗なる⾹⽔-』です。
⾹⽔がテーマのショーは、⽩をベースに⽔⾊をあしらった⾐装がとてもさわや
か。紳⼠・淑⼥のイメージはゴージャスでもあり、お正⽉らしい華やかさにもあ
ふれています。
柚⾹さんが⽩いスーツに⾚いネクタイで登場するニューヨークの街⾓は、軽快
なダンスがひときわオシャレな場⾯。マリリン・モンローな星⾵さんも最⾼に
キュートです。
パリ郊外、森の奥のブドウ畑で、⽔美さんと⼥役にふんした聖乃さんが踊る
シーンも⾒どころです。聖乃さんが美しく違和感がなさすぎて、男役とは気づか
れないかもしれませんね。
⽔美さんはこの公演を最後に専科へと異動します。エネルギッシュなダンスと
⼒強い演技で、柚⾹さんとともに⻑年、花組をたくましく⽀えてきた⽔美さん。
さみしさもありますが、これからはいろいろな組で活躍する姿を⾒られるのが、
とても楽しみです。花組を離れることを意識しての演出か、柚⾹さんと対で踊
り、ファンの胸を熱くする場⾯もありました。
中詰めはオリエンタルな⾐装で、オペラ「トゥーランドット」などの名曲をア
レンジしながら妖艶かつ華やかに展開します。ここではお客様も公演グッズの扇
を使って⼀緒に踊るのがポイント。少し難しい振付ですが、ぜひ客席でも参加し
てみてください。
星空さんを中⼼とした娘役さんたちがまず銀橋で歌い、永久輝さんらセーラー
マンと合流して踊るのは、未来へ漕ぎだす若者たちの瑞々しさがまぶしい場⾯。
そしてもちろん、柚⾹さんがシルクハットにステッキを⼿にしてスタートする
男役⿊燕尾もあります。そして最後は、星⾵さんが⾶んでいきそうなリフトもお
なじみの、ダンサートップコンビの⽢いデュエットダンスでしっかりと締めくく
ります。
宝塚歌劇を代表する『うたかたの恋』。王道と呼ばれる納得の世界観と、おも
ちゃ箱のように楽しさを詰め込んだ“タカラヅカ・スペクタキュラー”なショー。
昔ながらのファンにも、宝塚を初めてみる⽅にもピッタリな組み合わせで、
2023年が華やかにスタートしました。
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